ディアボリッロ

外来野菜 vol.2

外来野菜 vol.2

カラブリアを取材していた時に、ある貴族の農場に招待されたことがあります。農場内を見学し自家製チーズの作り方などを見せてもらった後は、立食パーティーです。広間の中央のテーブルにあるのは、赤い色をしたサラミ・・・もちろん唐辛子がたっぷりと入った。クロスティーニの上に塗られているのは、イワシの稚魚と唐辛子で作ったロザマリーナ。そして花の代わりか果物に刺した唐辛子が。まさにここは「辛ブリア」、この地の食卓に無くてはならない存在のようです。

そう言えば、現地のトラットリアに入った時には、どのテーブルにも唐辛子の入った皿が置いてありましたっけ。無くてはならないものとして。

カラブリアの唐辛子は大きく分けて3つの種類があります。丸型の「チリエジーノ(=サクランボ)」。これはあまり辛くないので、中をくりぬき、ケッパーやアンチョビ、またはツナを詰めてオイル付けにし、前菜として食べます。
細長い形のものは「シガレッタ」。タバコという意味ですが、形が似ているのでつけられたのでしょう。辛味の強いものとそうでないものがあり、前述のトラットリアの食卓においてあるのがこのタイプでした。料理に使ったり、ピクルスにしたりします。

一番小さいのが悪魔という意味の「ディアヴォリッロ」。食べると地獄の炎で焼かれたようにひりひりとするのがこのタイプです。
             

チリエジーノ
シガレッタ
シガレッタ
ディアボリッロ
ディアボリッロ

カラブリアの唐辛子加工工場の方に「どのくらいの種類があるのですか」と聞いてみたところ、「すぐに交配して新しいタイプが簡単にできるので、とても数えきれない」との事でした。

名品「ンドゥーヤ」の工房には、二か所行ったことがあります。一カ所目はモンテポーロという標高700メートルの小さな村でした。この地の地主が晩秋になると飼っている豚で沢山のサラミを作り、小作人がその残りの皮や脂肪、筋などと唐辛子を混ぜ合わせて作ったのがンドゥーヤの始まりだとか。現在はほほ肉とバラ肉で、唐辛子は特製の物だけを使っているそうです。

もう一か所はスピリンガ、現在のンドゥーヤ生産の中心地です。驚いたのは熟成所にあった70センチはある巨大な物を見た時。詰め物を入れるためのそれほど大きい腸があるわけはないのにと思って聞いてみたら、縫い合わせているのだそうで・・・見るだけで結構気持ち悪かった・・・。

ところで、現在カラブリアの唐辛子はかなり有名ですが、自然に有名になっていったわけではありません。伝説的な仕掛け人がいたからなのです。名前はエンツォ・モナコ氏。ジャーナリストとして働いていた彼が、故郷カラブリアの町興しに始めたのが「唐辛子アカデミー」。もとはコロンブスがアメリカ大陸を発見して500年目のイベントがきっかけだったそうですが、ともかくこのアカデミーは唐辛子に関する本を出版したり、唐辛子を使った料理のコンクールを催したり多くの活動をし、イタリア全土に支部を持つ協会に成長しました。私が始めて唐辛子のジャムを見たのも、「僕のアイディアで作ったんだよ」とモナコ氏に連れて行ってもらった工場でのことでした。

最初は貧しさゆえに根付いたカラブリアの唐辛子は、現在ではカラブリアのシンボルとして大活躍をしています。

ヨーロッパに渡ってから500年の間に、唐辛子はカラブリアに、そして東南アジア、朝鮮半島、日本にも無くてはならない香辛料になりました。初めて手に取った時、コロンブスは想像もしていなかった事でしょう。

巨大なンドゥーヤ
巨大なンドゥーヤ

長本和子 NAGAMOTO Kazuko
イタリア料理研究家 劇団青年座在籍当時イタリアに魅せられ、イタリアのホテル学校に留学。その後料理通訳などを経て、プロ向けイタリア料理・ソムリエ現地研修を企画する会社を設立。卒業生は450人ほどになり、日本各地で活躍している。現在は料理を通してイタリア食文化を紹介している料理教室「マンマのイタリア食堂」主宰。日伊協会常務理事。「イタリア好き」に小説連載中。
まだイタリア料理が日本でそれほど知られていないころから、イタリアのほとんどの州を周り、食材の旅をしてきました。現在は料理教室「マンマのイタリア食堂」で、webセミナーリオを行い、郷土料理や食材の歴史や理論を語っています。

もっと深くイタリア料理を知りたい方はこちらへ↓
https://www.nagamotokazuko.com/

長本和子facebookページ↓ https://www.facebook.com/kazuko.nagamoto.1/