2000年前の料理があるローマ

2000年前の料理があるローマ

ローマにいると、あちこちの街角に古代の遺跡が残っていて、2000年を簡単に遡ってしまします。建築資材が石だから当たり前だと思うかもしれませんが、実は食の中にも残っているんですよ。

以前、訳していたリチェッタの注意書きにビックリしたことがあります。それは「スペルト小麦のミネストラ」。「・・・これは古代ローマ時代の結婚式の伝統的な料理である。古代ローマの兵士はスペルト小麦を戦争に出るときに袋に詰めて持って行った・・・」

古代ローマと言えば2000年も前の話。その時の結婚式に出された料理が、今も伝わっているなんて!

2000年伝わるスペルト小麦のミネストラ

キーワードはスペルト小麦です。古代では、小麦は人々を飢えから救った食材。ゆえに神聖なものとされます。日本のお米と重ねてみればよく分かるでしょう。

小麦の中でも、古代で一番利用されていたスペルト小麦は、その栽培の難しさや収穫量の問題でやがて忘れられ、つい最近まで中部イタリアで細々と作られていただけでした(その後小麦アレルギーなどが出てきてから、再び脚光を浴びてはいますが)。ゆえにスペルト小麦を使っている料理は起源が2000年ほどさかのぼると推察できるのです。

スペルト小麦の粒

では、この「スペルト小麦のミネストラ」の作り方を見てみましょう。

材料はスペルト小麦と豚の皮、グアンチャーレ(豚ほほ肉)、タマネギ、ニンニク、バジリコ、イタリアパセリにマジョーラム。訳したリチェッタにはトマトも入っていますが、これはあとから付け加えられたものでしょう(トマトがイタリアに入って来たのは1500年代)。

作り方は、表面の汚れを落とした豚皮を下茹でし、次に小さく切って煮続けます。一方タマネギ、グアンチャーレ、ニンニク、香草類とオリーヴ油でソッフリットを作り、そこにゆで汁ごと豚皮を入れます。しばらく煮たててからスペルト小麦を加えてさらに煮込み、最後にペコリーノチーズを振りかけるといったもの。

このリチェッタの読み取り方のポイントは、豚皮やグアンチャーレを使っていることです。豚は古代から食肉用の動物で、特に生ハムなどに加工されていました。そう、生ハムやサラミは、古代ローマ時代には既にあったんですよ。古代ローマ時代のアピキウスの料理書には、すでにその作り方さえ載っているのです。

加工肉は2000年前からの保存食

スペルト小麦が古代の食を探るためのキーワードだと書きましたが、ソラマメもキーワードの一つです。古代ローマ人はソラマメが大好きで、今でも収穫時期になると中部イタリアには生のソラマメとペコリーノチーズをあわせて食べる収穫祭が行われています。

ハチミツも同じく、古代の食を象徴する食材です。というのは9世紀に砂糖が入ってくる以前の甘味料はハチミツとブドウ果汁を煮詰めたヴィンコット。ゆえにハチミツやヴィンコットを使っているドルチェがあれば、これもまた2000年前に起源を持つものだと考えて良いでしょう。

ある時ローマのバールのカウンターに、ハチミツで固めたクルミを月桂樹の葉の上に乗せたドルチェを売っているのを見たことがあります。名前は「コペータ」。使われている材料から、「どうも古代のにおいがする」と調べてみたら、こちらは1000年以上前にシチリアを占領したアラブ人が持って来たものだとか。

そうそう、カタツムリも紀元前から使われていた食材です。今ではローマでは無くなりましたが、南イタリアの市場に行くとカタツムリ専門店があったりして、逃げていくカタツムリをお店の人がつまんで戻しているのを見かけます。

市場で売られるカタツムリ

何気ない一皿の後ろに、とてつもない歴史が流れているのがイタリア料理。知ってみるとワクワクしませんか。


長本和子 NAGAMOTO Kazuko
イタリア料理研究家 劇団青年座在籍当時イタリアに魅せられ、イタリアのホテル学校に留学。その後料理通訳などを経て、プロ向けイタリア料理・ソムリエ現地研修を企画する会社を設立。卒業生は450人ほどになり、日本各地で活躍している。現在は料理を通してイタリア食文化を紹介している料理教室「マンマのイタリア食堂」主宰。日伊協会常務理事。「イタリア好き」に小説連載中。
まだイタリア料理が日本でそれほど知られていないころから、イタリアのほとんどの州を周り、食材の旅をしてきました。現在は料理教室「マンマのイタリア食堂」で、webセミナーリオを行い、郷土料理や食材の歴史や理論を語っています。

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