屠畜場から生まれたローマ料理

屠畜場から生まれたローマ料理

ローマの下町トラステーヴェレは、いまだにコテコテのローマを楽しめる場所です。コロッセオやパンテオンを観たら、そのまま足を延ばしてテーヴェレ河を渡り、サンタマリア・イン・トラステーヴェレ教会まで来てください。

しかしその周辺の道の入り組んでいること。道が急に狭くなったり、路地の角度が鋭角だったりと、行きたいところに行けなかったり、いつの間にか同じところに戻ってきたりします。これって歴史なのです。

サンタ マリア イン トラステーヴェレ教会
サンタ マリア イン トラステーヴェレ教会

能力のある人が街を作ると、商店街は人が来やすいように、寺院は行く間に心が静かになるように等目的をもって設計されます。

・・・という事はトラステーヴェレは設計図なしに作られた所?そうなんです。遡ること2000年。当時のローマはテーヴェレ川を境に左岸は古代ローマ人、右岸はエトルリア人の領地でした。ところが、エトルリア人の本拠地はもっと北の方で、どちらかというと放っておかれた所。そこに住むのは主に外国人、特にユダヤ人たちでした。外国人同士だと共同体は作りえず、それぞれが勝手に住居を作ります。だからトラステーヴェレとは、テーヴェレ川のむこう側という意味で、ちょっと蔑みの意味が含まれているわけです。ちょうどお江戸に「川むこう」という言葉があるように。

トラステーヴェレ風景
トラステーヴェレ風景

4世紀に世界の覇者であった古代ローマ帝国が衰退して中世に入ると、トラステーヴェレはますます無秩序な世界になっていきます。今のごちゃごちゃした町並みはその頃にできたものなのです。驚いたことに戦争で爆撃を受けた家がそのまま残っていたりするんですよ。

特徴は食堂が多い事。リストランテレベルはほんの少しで、ほとんどがトラットリアです。

近代そのトラステーヴェレが、ローマ料理の世界では重要な位置を占めるようになりました。事の起こりは1888年に、テスタッチョ地区に屠畜場が出来たこと。1870年にイタリアの首都になったローマには人が集まり、当然食の安定供給が必要となります。現在は当時の門があるだけで、中は大学など色々な施設になっています。

お馴染みの食料品店
お馴染みの食料品店

さて、ローマを代表する料理で思い浮かべる物は何でしょうか。ローマ料理と言えば仔羊ですが、それ以外に仔牛の尻尾やトリッパ、腸などの内臓料理が有名です。それらは皆トラステーヴェレで生まれた料理なのです。

屠畜場では動肉を解体して、ロースやヒレ、もも肉などが食肉店に運ばれていきます。では内臓などはどうするのでしょうか。そのまま屠畜職人へと下げ渡されることになります。そこで彼らは何をしたのか・・・トラステーヴェレに持って行ったのです。元々庶民料理を作るトラットリアです。どんな食材が来ても驚くことはなかったでしょう。

そこで生まれたのが、「コーダ・アッラ・ヴァッチナーラ=仔牛の尻尾の煮込み」、「トラステーヴェレ風トリッパ=仔牛の二番目の胃(ハチノス)の煮込み」、「リガトーニ・コン・パヤータ=仔牛の腸の煮込み」です。

コーダアッラヴァッチナーラ
コーダアッラヴァッチナーラ

「コーダ・アッラ・ヴァッチナーラ」牛の尻尾は骨の周りにぎっしりと肉がついていますが、とても固い。そのためゆっくりと4時間ほどかけて煮込みます。すると肉がホロリと取れ、コラーゲンたっぷりの煮込みが生まれます。私は、これはイタリア料理の最高傑作の一つだと思っています。

「トラステーヴェレ風トリッパ」内臓は結構匂いがする物。それを適度に抜いて旨味にした料理です。

「リガトーニ・コン・パヤータ」腸と言っても、使う部分は胃と小腸の境目の所。母乳を飲んでる仔牛の腸なので、中には消化したてのミルクが入っているのが特徴です。そのためこちらでもなかなかお目にかかることは出来ません。

イタリア料理は郷土料理。言い換えれば貧しい人たちの料理なので、知恵と工夫で美味しくした傑作がいっぱいあります。

こんな形で売っています
こんな形で売っています

長本和子 NAGAMOTO Kazuko
イタリア料理研究家 劇団青年座在籍当時イタリアに魅せられ、イタリアのホテル学校に留学。その後料理通訳などを経て、プロ向けイタリア料理・ソムリエ現地研修を企画する会社を設立。卒業生は450人ほどになり、日本各地で活躍している。現在は料理を通してイタリア食文化を紹介している料理教室「マンマのイタリア食堂」主宰。日伊協会常務理事。「イタリア好き」に小説連載中。
まだイタリア料理が日本でそれほど知られていないころから、イタリアのほとんどの州を周り、食材の旅をしてきました。現在は料理教室「マンマのイタリア食堂」で、webセミナーリオを行い、郷土料理や食材の歴史や理論を語っています。

もっと深くイタリア料理を知りたい方はこちらへ↓
https://www.nagamotokazuko.com/

長本和子facebookページ↓ https://www.facebook.com/kazuko.nagamoto.1/