オリーヴの木

人間の役に立つもの~戦車かオリーヴか

人間の役に立つもの~戦車かオリーヴか

まだヨーロッパのユーロが生まれていなかった頃、各国はそれぞれの通貨を持っていました。イタリアの通貨はリラ。紙幣にはガリレオ・ガリレイなど偉人の姿が多かったようですが、コインには神話の、それも生活に関わる古代の絵柄が刻まれていました。

10リラは麦の穂に古代から使われていたスキ、50リラの絵柄は火の神ヴルカーノ(ウルカヌス)。エトナ山の中で、鉄を打って武器を作っていたと言われる神です。

50リラ
50リラ

なかでも印象的なのは100リラ。そこに刻まれているのはオリーヴの木の横に立つ鎧をまとった女性の姿です。この女性は女神アテナ。生活に必要な技術の神で、男には農業と航海術、女には糸紡ぎ、機織、裁縫等を伝えていました。コインの中で兜をかぶって槍を持っているのは戦の神でもあるからなのですが、でも攻撃の戦いではなく防御の戦い。つまり生活を守る者の味方です。ではオリーヴの木はどういう意味でしょうか。

100リラ
100リラ

昔アテナと海の神ポセイドンが領地を争ったことがあります。両者とも譲らず、判定はオリンポスの神々に任せられることになります。そこで神々は「人間に役立つものを出してみよ」と言いました。ポセイドンが出したのは塩水の泉とも言われていますが、一番よく伝えられているのが戦車です。ではアテナは何を出したのでしょう。それがコインの絵柄になっているオリーヴの木なのです。神の裁定はもちろんアテナにあがります。

古代において、一番重要なのは食料。戦車はその食料が収穫できる領地を得るためにするものです。もちろんトロイの戦争のように意地のためっていうのもありますが、何よりも大切なのは日常の生活が安定して平和に暮らせることなのです。ここでアテナが戦の神であっても攻撃ではなく防御である意味とも通じてきます。

アテナとポセイドン
アテナとポセイドン

オリーヴの木は硬く、槍の柄になったり、乳鉢になったりと特性を生かした使い方をされていますが、一番大切なのは油が採れること事です。しかもこの油、美味しい。それゆえにオリーヴ油を使った料理には、独特の深みが生まれ、ギリシャやイタリア、地中海に面した国の料理の基本油脂になっています。

昔、イタリア人シェフを招いての料理講習会で通訳をしていたころ、シェフたちがオリーヴ油の事を油Olioとは呼ばずに調味料Condimentoと呼ぶのに戸惑ったことがあります。日本の油の認識は炒め物をした時に焦げ付かないようにするものか、揚げ物に使う程度で風味付けに使うのはごま油程度でしたから、油を調味料と呼ぶなんて信じられなかったのです。でも使っていくうちに納得。オリーヴ油はイタリア料理を味付ける時の最も重要な調味料で、別の油を使うとなんだか厚みがなくなる。いや、イタリアのにおいがしなくなってしまうのです。

オリーヴの木
オリーヴの木

そういえば、まだイタリアに行き始めたばかりのころ、日本食が恋しくなって、たまたま持っていたお味噌を使って茄子の味噌炒めを作ろうとしたことがありました。友人に「油をちょうだい」と言って渡してもらったのがオリーヴ油。プーリアだったので、オリーヴ油の中でも味も香りも強いものです。さあ、味噌炒めはどうなったでしょうか。とっても和食とは言えないなんだか不思議な一品になってしまいました。

その時からオリーヴ油はただの油じゃないという認識を持ったのですが、調味料だと気が付いたのは上記のシェフからの一言でした。本当にストンと落ちたような感じ。

それ以降、料理講習会の時には「オリーヴ油は調味料ですよ」と言い続け、今では共通の認識になったような気がします。

元をたどれば、料理の基本がオリーヴ油になったのアテナのおかげ。オリーヴの木をシンボルとするアテナの領地になった土地は、ギリシャの首都アテネ。この神話が起源だという事がよく分かります。

アテネ
アテネ

長本和子 NAGAMOTO Kazuko
イタリア料理研究家 劇団青年座在籍当時イタリアに魅せられ、イタリアのホテル学校に留学。その後料理通訳などを経て、プロ向けイタリア料理・ソムリエ現地研修を企画する会社を設立。卒業生は450人ほどになり、日本各地で活躍している。現在は料理を通してイタリア食文化を紹介している料理教室「マンマのイタリア食堂」主宰。日伊協会常務理事。「イタリア好き」に小説連載中。
まだイタリア料理が日本でそれほど知られていないころから、イタリアのほとんどの州を周り、食材の旅をしてきました。現在は料理教室「マンマのイタリア食堂」で、webセミナーリオを行い、郷土料理や食材の歴史や理論を語っています。

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