マイアと豚肉

マイアと豚肉

パーマーケットに行くと、豚肉、牛肉、鶏肉のコーナーがあり、店によっては仔羊肉が少しだけ置いてあるところもあります。日本の場合食肉の習慣が広まったのが比較的新しく、ほとんどが切り身になって売られているのが普通です。ところがさすがイタリア、現地に行くとディスプレイの違いにビックリ。ショーケースの中には部位分けした肉のかたまりが置かれ、料理によってどのくらいの厚さに切るか、塊のまま買うのかを注文するだけではなく、横を見ると仔羊の頭とか、牛の尻尾、皮を除いたウサギ肉、レバーや牛の胃などの内臓もおいてあり、さらにビステッカ用の骨付きのものも普通にあって、イタリア料理をする人間には夢のような世界が広がっているわけです。

それだけではなく、クリスマス近くにサルデーニャの市場に行くとは乳飲み仔豚がずらりと並んでいるのを見ることができます。圧倒される迫力です。
一番驚いたのは。フィレンツェのリストランテのショーウインドーに、レモンをくわえさせた豚の頭がポンと飾ってあったこと。入り口にこれがあったら、日本人なら恐れをなして決してその店には入らないと思うのですが。さすが食肉の伝統国イタリアです。

サルデーニャの市場
サルデーニャの市場

この豚肉、古代では羊に次ぐ食肉でした。次ぐというのは生産量の順番ではなく、時代的なものとして。古来人々は羊を飼って放牧生活を行っていました。豚を飼うには、定住生活が始まって村が出来ていないといけません。まずは柵の囲みの中に放し飼い。それから豚舎を作るようになります。豚舎とチーズ工房はワンセットになっており、チーズを作った残りの乳清を豚の餌に混ぜるという方法は昔からの合理的な方法でした。

まだ豚舎を作る前の古代ローマ時代には街中で豚を放し飼いにしていたので街が汚れ、その対策として「街にうろついている豚は、捕まえた者の所有となる」というお触れを出し、おかげで一掃されたなんて言う話も残っています。

豚肉加工肉

イタリア語で豚肉の事をマアアーレと呼びます。イタリア語には男性形と女性形があり、マイアーレだけを見ていると、オスなのかメスなのかが分かりません。そこで調べてみたら、男性形のマイアーレは去勢をしたオス豚の事。女性形は子供を産んでいないメス豚を指すという事を確認しました。ちなみに去勢をしていないオス豚はヴェッロ(Verro)、子供を産んだメス豚をスクローファ(scrofa)と呼び、豚の総称はスイーノ(Suino)になります。

去勢をするというのは食肉動物によく行われていることで、体の大きいオスを去勢することによってメスの肉のように柔らかくする作用があるからです。だからマイアーレという単語の中に、その豚の性別や年齢まで含まれている訳。

牛や羊は、食肉よりもミルクを採ってチーズを作る方が大切な動物ですが、豚はもっぱら食肉用の家畜です。

この豚の名前マイアーレの元をたどれば古代ローマ神話に行きつきます。

マイアーレとは、女神マイアに捧げられた動物という意味で、マイアは豊穣と再生の女神。豊穣は現在の豊かさを指しますが、再生は未来の豊かさを表します。そこで神話の中では、火の神ヴルカーノ(ヴルカヌス)が、5月1日に孕んだメス豚をマイアに捧げることになっています。孕んだメス豚は、まさに再生。そして5月の1日は・・・そうメーデーです。国際的には労働者の日となっていますが、この日は古代ローマ時代からマイアに捧げられた月の最初の日、つまり枯れはてた大地が最高に豊かになる日なのです。イタリア語の最高はマッジョーレMaggiore、これもまたマイアが生む最高の豊かさからを指す言葉です。

マイア
マイア

豚肉を食用とする歴史は数えきれないほどの昔になりますが、その名前は2000年前のローマ神話から始まっていました。

マイア自然環境で育てられるイタリア在来種ネブロディ豚

長本和子 NAGAMOTO Kazuko
イタリア料理研究家 劇団青年座在籍当時イタリアに魅せられ、イタリアのホテル学校に留学。その後料理通訳などを経て、プロ向けイタリア料理・ソムリエ現地研修を企画する会社を設立。卒業生は450人ほどになり、日本各地で活躍している。現在は料理を通してイタリア食文化を紹介している料理教室「マンマのイタリア食堂」主宰。日伊協会常務理事。「イタリア好き」に小説連載中。
まだイタリア料理が日本でそれほど知られていないころから、イタリアのほとんどの州を周り、食材の旅をしてきました。現在は料理教室「マンマのイタリア食堂」で、webセミナーリオを行い、郷土料理や食材の歴史や理論を語っています。

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