柑橘王国・愛媛県が提案する新しい食材「媛プチ柑」を使ってプチプチはじける食感が楽しいさわやかなひと皿を

愛媛県では、これまで摘果によって廃棄されてきた未成熟果を「媛プチ柑」と名付け、新しい食材として販売を始めました。料理人たちからは、「プチプチした食感とさわやかな酸味が料理の味を引き立てるこれまでにない新素材」と好評を得ています。柑橘の可能性を広げる「媛プチ柑」。「szechwan restaurant(スーツァン・レストラン)陳」の料理長・井上和豊さんが、この特長を活かしたひと味違う中華料理を披露してくれました。

廃棄されてきた農作物に
思わぬ魅力と可能性が

自らの料理の世界をブラッシュアップするために、多くの料理人が国境や料理のジャンルさえも越えて、新たな食材を求める時代。こうしたなか、海外から日本を訪れた外国人シェフたちは、「日本の柑橘の種類の多さ、味わいの多彩さには驚かされた」と口を揃えます。これは、「柑橘王国」と呼ばれるエリアの生産者やそれを支える人たちの努力の賜物と言えるでしょう。

たとえば近年、愛媛県では、さまざまな柑橘類の開発に取り組む一方、夏場、まだ青い実のうちに摘果されてしまっていた未成熟果の独特な風味と食感に注目しました。これらをムダなく使うことで、柑橘の可能性がより広がるのではないかと着想し、ぽんかん、伊予柑、河内晩柑の3品種の未成熟果実を「媛プチ柑」と名付けて、現在、普及に力を入れています。

3品種の中で、一番実の粒が太くてハリのあるのが「媛プチ伊予柑」です。これに比べて細めなのが「媛プチ河内晩柑」。また、「媛プチぽんかん」は実の粒が細かめですが、それぞれにプチプチとした歯応えを楽しむことができます。

「媛プチ伊予柑」。半切りにして押すと実の粒が立ち上がる。ハーブのような香りとほどよい酸味、ハリのある食感が特長。

廃棄していたものを新食材にするという発想は、世界がめざす「サステナブルな社会」にも通じる考え方ですが、「媛プチ柑」の持ち味やおいしさを最大限に活かすには、どのように調理したらよいのでしょうか――。

そこで、今回、実際に「媛プチ柑」の調理例を披露してくれたのが、東京・渋谷にある中国料理店「szechwan restaurant 陳」の井上和豊料理長です。中国料理では、フレッシュな柑橘はもちろん、柑橘類を長年乾燥させた陳皮なども巧みに料理に取り入れています。

「口の中ではじけるような食感、さわやかな酸味とほどよい苦味――果汁を楽しむ柑橘類とは違う魅力が感じられて、その点では新しい食材といってもいいと思います」と井上料理長。実は井上さんは産地取材として、いち早く愛媛県の生産者のもとを訪ねた料理人のひとりなのです。

井上和豊料理長/1981年、秋田県生まれ。2001年、四川飯店に入社。同年に開業した系列店「szechwan restaurant 陳」渋谷店のオープニングスタッフになり、2017年には料理長に就任。「青年調理士第4回デザート部門」で銅賞を受賞、「RED U-35」でグランプリ「レッドエッグ」を受賞するなど、数々のコンクールでその実力を認められる。

「媛プチ柑」の下処理について井上料理長からアドバイス。湯煎すると、香りを損なうことなく実がほぐれやすくなるそうだ。

出荷時期は8月から9月初旬
猛暑の夏に欠かせない食材になる可能性も

井上料理長が「媛プチ伊予柑」を使って、最初に紹介してくれたのが「夏草沙拉鮑」。アワビの弾力ある食感にセロリのシャキシャキ感と夏草花のコリコリ感、これらに「媛プチ伊予柑」のプチプチ感が合わさったなんとも楽しいひと皿です。これは井上料理長が以前からレストランで提供していた料理ですが、「媛プチ伊予柑」を加えることで、食感の複雑さと酸味のアクセントにより、完成度が高まったそうです。

「仕上げのドレッシングとして、山椒オイルとリンゴ酢を合わせた花椒ドレッシングを加えていますが、これがこの料理の大きなポイントのひとつ。山椒も伊予柑も同じミカン科だから相性が良いのでしょう。それに『媛プチ伊予柑』は実の粒が大きく香りも強いので、山椒のスパイシーさにも負けないんですね」

「夏草沙拉鮑」
~夏草花・セロリ・アワビのサラダ 花椒ドレッシング
媛プチ伊予柑の紹興酒漬けをアクセントに~

ほぐした「媛プチ伊予柑」の実は、紹興酒、四川省の名酒である五粮液(ウーリャンイエ)、みりん、醤油、砂糖などを混ぜたつけ汁につけておく。

サラダ仕立ての「夏草沙拉鮑」の材料は、アワビ、セロリ、夏草花。アワビはやわらかくなるまで煮て細切りにし、セロリは千切りに。夏草花は熱湯で戻す。

アワビ、セロリ、夏草花を和えたら、つけ汁になじませておいた「媛プチ伊予柑」を加える。花椒ドレッシングで味をととのえたら完成。

次に披露してくれたのが、車エビと発酵枝豆を炒めて、たっぷりの「媛プチ伊予柑」を加えた「青豆醤明蝦」。こちらは見事な火入れで、中華料理ならではの発酵の旨味と、「媛プチ伊予柑」の食感を融合させた新作料理です。「媛プチ柑」の出荷時期は8月から9月初旬までに限られますが、「入手できる期間は、この独特の風味と食感をお客さまに堪能していただきたい」と料理長は言います。

「日本の場合、夏場の柑橘類といえば、ハウス栽培のものや輸入ものが主流。けれども、『媛プチ柑』の流通がうまくいけば、夏場でも柑橘のフレッシュな酸味が楽しめることに。このところ日本の夏は猛暑続きですから、お客さまにも喜ばれるのではないでしょうか」

「青豆醤明蝦」
~スパイシーな香り広がる車エビの炒め
発酵枝豆と媛プチ伊予柑の”醤”を絡めて~

味の決め手となる発酵枝豆は、枝豆を「泡菜(ネギ、ショウガ、唐辛子、山椒、白酒、レモン汁、塩、水などを混ぜたもの)」につけて作る。右はそれを刻んだもの。

油を熱したフライパンに、刻んだ発酵枝豆を入れて軽く炒めたら、色合いと辛味のアクセントに赤唐辛子を加えてさらに炒める。

下味をつけて油通しをした車エビを加えたら火を止める。たっぷりの「媛プチ伊予柑」をからめるが、この時、熱によって柑橘の香りが飛ばないように注意。

2品を作り終えたところで、井上料理長は、厨房から何やら不思議な形状のものを取り出してきました。

「実はこれ、『媛プチ伊予柑』の果皮を1週間ほど乾燥させたものなんです。まだ何ができるかわかりませんが、やり方次第ではおもしろい料理につながるかもしれません」

果皮の活用法としては、料理の風味づけやジャムに加工したりするのが一般的ですが、中国料理では長期間乾燥させて陳皮にすることも。しかし、そこは中国料理の発想と決めつけず、今回の「媛プチ柑」の調理同様、イタリア料理やフランス料理など、異なるジャンルにも応用できるヒントがありそうです。

独自の世界を追求する料理人が増えつつある現代においては、むしろ異ジャンルの料理人からインスピレーションを受けることが少なくないようです。「媛プチ柑」という新食材と、井上料理長のオリジナリティーあふれる料理が、そのきっかけになるかもしれません。興味を覚えた人は、そのやわらかな感性を活かし、「媛プチ柑」で次なる新しいおいしさに挑戦してみましょう。

szechwan restaurant陳
東京都渋谷区桜丘町26-1 セルリアンタワー東急ホテル2F
TEL 03-3463-4001
11:30〜14:00、17:30〜22:00(21:00 LO)
無休
https://www.sisen.jp/

問い合わせ先
愛媛県農林水産部農政企画局ブランド戦略課
TEL 089-912-2541

取材・文/上村久留美 撮影/依田佳子