愛媛県が自信をもって送り出す「媛プチ柑」
プチプチとした小気味よい食感で柑橘の新境地を開く

愛媛県が、伊予柑、ポンカン、河内晩柑の3品種の未成熟果を「媛プチ柑」と名付けて販売を開始したのは3年ほど前のこと。生産者をはじめとする愛媛県の人々の柑橘への愛情と柔軟な発想力が、それまで摘果によって廃棄されていた未成熟果に新たな命を吹き込んだのでした。その後、積極的な情報発信やトップシェフを招いての産地見学にも尽力し、プロジェクトは進展。「媛プチ柑」は、現在、さまざまな分野の料理人に愛用されています。今回はその中のひとり、人気パティシエの延命寺美也さんが「媛プチ柑」を独創的なデザートに仕立て上げます。

果汁を絞って使う柑橘はいろいろあるが
「媛プチ柑」は粒状で用いる珍しいタイプ

「既成概念にとらわれず、ほかにはないデザートを創りたいと常に考えています。そのためにはいろいろな食材にチャレンジすること。多くの出会いが、味に奥行きや厚みをもたらしてくれると思います」と語るのはパティシエの延命寺美也さん。延命寺さんは、実力派ソムリエのご主人とともに、東京・表参道駅近くでアシェットデセールとワインのお店「エンメ」を経営しています。
3年前には愛媛県まで足を運んで、「媛プチ柑」の風味や食感を確かめた延命寺さん。初めての出会いをこう振り返ります。
「強くフレッシュな香りとこれまでにない形状の実の粒に興味を覚えました。一見、キャビアライムのようにも見えましたが、キャビアライムの粒が丸形であるのに対し、『媛プチ柑』は細長い形状で、プチプチとした食感も面白いと思いました。

酸味を加える場合、私はライム、スダチ、カボスなどの果汁をよく使いますが、『媛プチ柑』のように小さな粒、つまり個体そのままを酸味として添えるものは珍しい。器に盛った時、その形状がアクセントになるので、風味や食感だけでなく、見た目でもゲストを楽しませることができます」
今回披露してくれた「シソとブドウのヴァシュラン 媛プチ柑を添えて」もそうで、ブドウや和ナシなどを盛ったうえに「媛プチ柑」を散らしていますが、それがまるで氷の粒のように見えてとても涼やかな印象です。
「ブドウやナシといった秋のフルーツを使って季節を先取りしながらも、全体を明るくまとめたのは、まだ太陽が照りつけていて暑い、夏の名残を表現したかったからです。秋を意識しつつ、でも色味を淡く抑えたうえに、散らした『媛プチ柑』の実の粒がキラキラと輝いて見えるので、さわやかを感じてもらえるのではないかと思います」
ブドウとココナッツクリームのふくよかな甘味が、柑橘の酸味やほどよい苦味と見事に融合。さらに皮つきのままスライスした和ナシと「媛プチ柑」の小気味よい食感が調和したひと皿で、最後に削りかけた「媛プチ柑」の皮の香りが涼感を強調します。

シソとブドウのヴァシュラン 媛プチ柑を添えて
ヴァシュランとは、メレンゲにアイスクリームやホイップクリームなどをのせ、フルーツをあしらってソースをかけた冷たいデザート。
「シソとブドウのヴァシュラン 媛プチ柑を添えて」については、9月1日~9月中旬まで「エンメ」で提供予定。ただし「媛プチ柑」などの材料がなくなり次第終了。

メレンゲで作った器に、ココナッツクリーム、ラム酒のジュレ、巨峰とシャインマスカットの角切りの順で重ねたら、ほぐした「媛プチ柑」の実をのせる。

シソとライムのシャーベットをのせる。ライム果汁の代わりに、カボスやスダチの果汁を用いてシャーベットにすることも。

食感を出すために皮付きのままスライスした和ナシを飾り、さらに上からほぐした「媛プチ柑」の実を散らす。

棒メレンゲを添え、まわりに自家製のシソオイルやバターミルクをかけたら、「媛プチ柑」の皮を削って香りをプラス。

濃厚なイチジクの味わいを
「媛プチ柑」が軽やかにまとめる

2品目はイチジクと柑橘の組み合わせ。これは延命寺さんが好む組み合わせのひとつで、イチジクにはよくグレープフルーツを合わせたりするそうです。
「イチジクは『媛プチ柑』ともよく合いますので、今回は『媛プチ柑』も使いました。シガレット生地の上にのせたイチジクと赤ワインのムースは、イチジクジャムに生クリームを合わせたようなリッチな味わいですが、かなり濃厚なのでそれだけでは少し重く感じたりもします。それを柑橘の酸味が軽やかにして、よりおいしさを引出してくれるんです」
延命寺さんは「媛プチ柑」の香りも気に入っていて、こちらのデザートにも皮を削りおろして風味づけに使いました。

イチジクと媛プチ柑の和紅茶パフェ
イチジクのムースと果肉の甘味が、「媛プチ柑」やグレープフルーツなどの柑橘のフレッシュな酸味と調和したデリケートで上品な味わいのデザート。

サクサクしたシガレットの中に、イチジクと赤ワインのムース、和紅茶のアイス、細かく切ったイチジクやクランブルなどを詰める。シガレットのまわりにラム酒のジュレとグレープフルーツのソースをあしらったら、クランブルの上にほぐした「媛プチ柑」の実をのせる。

もう一度、イチジクと赤ワインのムースを重ねた上に、スライスしたイチジクをこんもりと盛り、ほぐした「媛プチ柑」の実を散らす。

柑橘に近いフレーバーのマリーゴールドの花を飾って華やかに。削りおろした「媛プチ柑」の皮で風味づけをして仕上げる。

「毎年、『媛プチ柑』の時期になると、独特の食感と香りにインスパイアーされて、いろいろな発想が浮かびます。たとえば、モモやマンゴーなどと組み合わせても、新感覚のおいしいデザートができると考案中です」
ただし、「媛プチ柑」が入手できる時期は、7月末から8月ぐらいに限定されます。この点を延命寺さんはどうとらえているのでしょうか。
「すべての食材には旬があり、なかには1、2週間とか、それ以上に短い旬の食材もあります。でも、その一方で、栽培技術や流通の進歩により旬を感じにくくなっているというのも事実です。こうしたなか、私は、“季節限定”というのも、ひとつの魅力ではないかと感じています。『限られた期間しか味わうことができないからこそ価値や風情がある』とおっしゃるゲストもいらして、我々料理する側も気合が入る。これもまた、食の醍醐味といえるのではないでしょうか」
これからも、いろいろな食材に挑戦し、革新的な組み合わせで、新しいおいしさの世界を広げていきたいと語る延命寺さん。
「媛プチ柑」の可能性もまた、その豊かな感性によって広がっていくことでしょう。

延命寺美也/京都府出身。フランスの「フレデリック・カッセル」をはじめ、国内外の名店で修業後、ミシュラン1つ星の「LATURE」のシェフパティシエを経て、2019年、「エンメ」をオープンした。さまざまなイベントで独創的なスイーツを発表し、洋菓子店の監修なども務める。「新発見!前橋おみやげグランプリ2021」のご褒美部門に選ばれた「群馬県産いちごのタルト」も考案。

延命寺美也/京都府出身。フランスの「フレデリック・カッセル」をはじめ、国内外の名店で修業後、ミシュラン1つ星の「LATURE」のシェフパティシエを経て、2019年、「エンメ」をオープンした。さまざまなイベントで独創的なスイーツを発表し、洋菓子店の監修なども務める。「新発見!前橋おみやげグランプリ2021」のご褒美部門に選ばれた「群馬県産いちごのタルト」も考案。

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取材・文/上村久留美 撮影/木村文吾