「媛スマの薬味醤油がけ」。多めの薬味にニンジン、ダイコン、カボチャなどの細切りを添えて提供。「みりんや昆布の旨味ある醤油をよく混ぜて召し上がっていただけたらと思います」と山下さん。

NADABANナダバン byバイ HALハル YAMASHITAヤマシタ」で愛媛フェア開催中
「媛スマ」の最大の特長は脂のりのよさ
「インバウンドに適した素材」とトップシェフも絶賛

秀でた創造性と確かな技術力で、「新和食」と呼ばれる独自の世界を拓いたと称される山下春幸さん。愛媛県の食のフェアでは、そんな山下さんが、愛媛県特産の「媛スマ」を巧みに調理します。「媛スマ」とは、幻の高級魚とされるスマの養殖魚で、愛媛県と愛媛大学との共同研究によって誕生しました。山下さんは、「媛スマ」の脂のりのよさを活かして、日本のグルメはもちろん、海外からのゲストをも喜ばせる絶品料理を紹介してくれました。

「媛スマの薬味醤油がけ」。多めの薬味にニンジン、ダイコン、カボチャなどの細切りを添えて提供。「みりんや昆布の旨味ある醤油をよく混ぜて召し上がっていただけたらと思います」と山下さん。

「媛スマ」は少し厚めに切って刺身に
ネギやショウガなどの薬味、甘めの醤油が合う

従来の和食の枠を超えて「新和食」という新たな味の世界を築き、トップシェフとして活躍を続ける山下春幸さんにとって活動の場は〝世界〟——。日本のみならず、アメリカやシンガポールでも個性的な和食店を展開中です。
食材ひとつひとつと柔軟に向き合い、「これを日本で日本人に広めるにはどう使うべきか」「日本を訪れる外国人に楽しんでもらうにはどう調理すべきか」、あるいは、「海外の店で出すにはどういうかたちで提供すべきか」など、さまざまな角度から細かく分析して、それぞれの場にふさわしい料理に仕立てていきます。

山下春幸さん
1969年、兵庫県生まれ。世界各国での修業を経て、2003年に「NADABAN DINING」を神戸元町に開く。2007年、六本木に「HAL YAMASHITA東京」を開店し、素材の持ち味を最大限に活かす料理法は「新和食」と評される。その後、国内外で多店舗展開。2018年には、日比谷に「NADABAN by HAL YAMASHITA」をオープンさせた。慶應義塾大学特任教授。自身のレストラン経営のほか、障害者支援ボランティア活動、政府関係のアドバイザー、全国各地での講演などにも積極的に取り組み、2022年には、「一般社団法人日本飲食団体連合会」の副会長に就任。著書に「レストランは小さなビジネススクール」(アスコム)など。

天然のスマは「幻の高級魚」と呼ばれ、めったに市場には出回らない。愛媛県ではそんなスマのおいしさを味わってほしいと養殖に着手。3年ほどで完全養殖に成功して「媛スマ」と名付けた。「媛スマ」は通年きめ細かな脂がのり、背は中トロ、腹は大トロのような味わい。

「脂がのっていて、めちゃめちゃおいしい——」
これは、山下さんが「媛スマ」を試食して、まず口にしたひと言。
「媛スマ」は、愛媛県が総力を挙げて研究開発に取り組んで完成させたスマの養殖魚で、「まるでマグロのトロのような味わい」と、愛媛県だけでなく県外の料理人からも高評価を得ています。
「脂のりのよさが『媛スマ』の最大の特長で、これをダイレクトに味わってもらうには、少し厚めの刺身にして、ネギやショウガなど、たっぷりの薬味を添えてお出しするのがいいなぁと僕は思いました。刺身には、わさびやからしなどの辛味がつきものと思う人もいるでしょうが、『媛スマ』の脂には、わさびもからしも負けてしまうというか、どうもしっくり馴染まない。辛味をきかせるのではなく、多めの薬味と一緒に、昆布やみりんの風味をきかせた少し甘めの醤油で食べていただく。これが、『媛スマ』のおいしさを存分に味わうために僕が考え出した調理法のひとつです」

多店舗展開する山下さんが今回の愛媛フェアの場として選んだのは、出身地である神戸風のうどんがウリの和食店「NADABAN by HAL YAMASHITA」。
「東京でも関西風のうどんを出すお店はありますが、神戸風のうどんはそれとは少し違うんです。茹で上げたうどんを、ひと玉ずつお出汁やスープの中で煮込んで味を馴染ませるのが特徴で、うどんの表面はやわらかですが、全体的に弾力があって食感もしっかりしている。そういううどんを僕自身が食べたかったし、お客さまにも神戸の味を知っていただくためのお店を出したかったので、4年ほど前にオープンさせました」

おひとりさまでも気軽に入れる雰囲気の「NADABAN by HAL YAMASHITA」。うどんのメニューが豊富で、夜は居酒屋としても賑わう。

銀座で映画や芝居を楽しむ人たちが贔屓ひいきにしているこの店で、山下さんは、フェア用に刺身仕立ての「媛スマの薬味醤油がけ」と、豚汁風にした「媛スマと根菜の田舎汁」を提供しています。
「女性ひとりでも入れるアットホームな雰囲気を大切にしている店なので、料理もできるだけ庶民感覚のものを。『媛スマと根菜の田舎汁』のほうは、卵かけごはんなどと一緒に味わっていただけたらと思います」
この料理のポイントは、「媛スマ」をレンコン、ダイコン、ニンジン、カボチャなどの根菜類と合わせ、春菊で香りづけをすること。
「調理過程を簡単に説明すると、『媛スマ』のアラからとった出汁で根菜類を煮込み、根菜類がやわらかくなったところで『媛スマ』の身を加え、合わせ味噌で味をつけたら、多めの春菊を入れて風味を出す——ということになります。
これも『媛スマ』の脂ののりのよさを活かしたお料理で、『媛スマ』の脂は、根菜類の滋味深い味わいや、春菊のほどよい苦味や風味ととても相性がいいんです。
おいしく仕上げるコツは、あまり上品な味わいにし過ぎないこと。多少、舌にアクを感じるような〝漁師風〟に仕上げたほうが美味だと思いますよ」

「媛スマと根菜の田舎汁」。根菜類は大きめにカットして、味付けには、やや赤味噌が多めの合わせ味噌を使用。

外国人は脂ののった肉や魚が大好きだから
たっぷり脂を含む「媛スマ」が大いに活用できる

「媛スマ」について山下さんは、「インバウンドに活用できる食材」と評価します。
「フェアを開催する店の雰囲気に合わせ、今回は、田舎汁のような大衆的な料理も用意しましたが、六本木の「HAL YAMASHITA 東京本店」でフェアを開くとしたら、刺身はもちろん、西京焼きもいいでしょう。本店の場合は、海外からのお客さまが多く、彼らは脂の強い魚や、肉なら脂ののった部位が大好き。たとえば、『ポークベリー』といって豚肉のバラを好みますし、魚なら銀ダラやサーモンハラミ(キングサーモン)など。ウナギにしても、台湾産が好まれるのは、日本産に比べて身が分厚くてたっぷり脂がのっているからなんです」

こんなふうに、常に店の雰囲気やテーマ、客層に合わせた調理法やアレンジを考えている山下さん。その根底には、「なぜ、今この食材を用いるのか」「なぜ、こういうふうに調理して提供するのか」など、すべてに独自の分析と理論があります。
そうした分析がどうしてできるのかというと、実は山下さんは料理人にして初の大学教授。慶應義塾大学で教壇に立っているからなんです。
研究テーマは、「フードサイエンス」。
「食をテーマに、調理法だけでなく、人間の行動パターンやストレス、自然とのかかわり方やエネルギーや環境問題など、幅広く研究や調査を進めていく学問です。こうした場で学んだ学生たちが、包丁を持たない料理人として社会に出ていくことで、将来、料理の世界も大きく変化、進化していくことでしょう。
そんな未来を想像しつつ、教壇に立ったり、厨房に立ったり、あるいは政府関係のアドバイザーとして会議に出席することもあり、そんな毎日に喜びと充実感を感じています」

広い視野で食と向き合う山下さんが創り出す「媛スマ」の絶品料理——そのおいしさにふれることで、新たな美食の扉が開かれるかもしれません。

NADABAN by HAL YAMASHITA
(ナダバン バイ ハル ヤマシタ)
東京都千代田区有楽町1-1-2 東京ミッドタウン日比谷2F
TEL 03-6273-3386
11:00〜15:30(15:00LO)
17:30〜23:00(22:30LO)
無休

取材・文/上村久留美 撮影/依田佳子