福岡の食フェア、「てのしま」で2月18日まで開催
福岡県産の食材のエネルギーを活かし切る
こだわりの詰まった「てのしま流」の日本料理

「食材のもつイキイキとしたエネルギーを大切に料理することが、おいしさを表現するうえで欠かせない」と語るのは、人気の日本料理店「てのしま」の店主、林亮平さんです。そんな林さんの料理は美しく、フレッシュなおいしさが堪能できると評判。現在開催中の「福岡の食フェア」でも、福岡県産の食材のパワーを活かした美味なる料理が並びます。

左:「博多蕾菜」を手に、「旨味とほどよい苦味が特長。塩漬けにしてもおいしいかもしれません」と林さん。右:「博多春菊」のハウスを視察。「すごくやわらかくてアクも少ないので生のまま刺身と組み合わせるのもいいですね」。
「博多蕾菜」を手に、「旨味とほどよい苦味が特長。塩漬けにしてもおいしいかもしれません」と林さん。
「博多春菊」のハウスを視察。「すごくやわらかくてアクも少ないので生のまま刺身と組み合わせるのもいいですね」。

食材が新鮮で上質であればあるほど
塩と油脂の量は抑えて調理する

「生産地をめぐると、なぜこの食材がおいしいのか、これが長年守られている理由はどこにあるのかなど、さまざまなことがわかってとても刺激されます」
と言うのは、店主のこだわりの詰まった話題の店「てのしま」を経営する林さん。
林さんのこだわりはいくつかあって、そのうちのひとつが、「食材が蓄えているエネルギーをできるだけ損なわずに調理すること」です。
「だからこそ、僕の料理には、新鮮で力のある食材が必要になるんです。食材にパワーを感じるからこそ、僕もそれをなんとかストレートに表現して、お客さまに召し上がっていただきたいと調理法を工夫するんです」
そうした食材のパワーは、生産者の考え方や生き方ともつながっているので、全国各地の生産者に会いにいくことを大切にしているのです。
 
そんな林さんが、今回の「福岡の食フェア」のための食材として選んだひとつが、「特鮮 本鰆」です。
魚体も立派で脂ののりもよい「特鮮 本鰆」のエネルギーを活かし切る調理法とは——。
「まず、塩は全体にまわりきらないように、加熱する2、3分前にふることです。全体に塩が馴染んでしまうと、どうしても鰆本来のフレッシュさが失われてしまうんです。
ですから、塩をふったら、すぐに表面を炭で炙って仕上げます。この加熱についても、火を入れるというよりは、表面に炭の香ばしい香りをまとわせるという感じでしょうか。こうすることで、ほどよい塩味で鰆本来のおいしさを楽しんでいただけると思います」

さらに、てのしま流のポイントがもうひとつ。
「油脂のコントロールです。現代ではどのジャンルの料理にも、クリームやバター、油などの油脂が欠かせませんが、それを最小限に抑えられるのが日本料理。それが日本料理のよさとひとつと言えるのではないでしょうか」
「特鮮 本鰆」を使ったたたきには新タマネギのピュレを添え、そこに少量の油を加えていますが、これについても新タマネギのみずみずしさが損なわれない程度の量に抑えています。つまりてのしま流の日本料理は、現代人が求めるヘルシーさも兼ね備えているということになるでしょう。

「特鮮 本鰆」はさっと塩をふって表面を炭火で炙ったら、それを新タマネギのスライスとピュレの上にのせる。新タマネギのピュレは、蒸し焼きにした新タマネギに塩と太白胡麻油を加えてミキサーにかけて作る。

「特鮮 本鰆のたたき」。仕上げにのせたのは、ボンズとダイコンおろしのジュレ。このジュレが、しっとりと脂ののった「特鮮 本鰆」の旨味をさわやかにまとめる。
「特鮮 本鰆のたたき」。仕上げにのせたのは、ボンズとダイコンおろしのジュレ。このジュレが、しっとりと脂ののった「特鮮 本鰆」の旨味をさわやかにまとめる。

その意味では、同じくフェアで提供している「あまおうとカカオ豆腐」もヘルシーなひと皿です。
「カットした『あまおう』や、イチゴのソースとともに器に盛ったお菓子は、一見、羊羹やチョコレートムースのようにも見えますが、実はカカオを練り込んだ豆腐です。クリームやバターを使わなくても、チョコレート菓子のニュアンスを出せる技が、日本料理にはあるんです。もちろん『あまおう』はフレッシュな風味を味わってもらうために、切りたてを提供。イチゴのソースもできるだけ作りたてにこだわっています」

「あまおうのカカオ豆腐」に用いているのは、ヘタまでみずみずしい新鮮なあまおう。カットしたてを添えるので香りも豊か。カカオ豆腐はほどよい甘味で、あまおうの甘味や酸味とのバランスもよい。
「あまおうのカカオ豆腐」に用いているのは、ヘタまでみずみずしい新鮮な「あまおう」。カットしたてを添えるので香りも豊か。カカオ豆腐はほどよい甘味で、「あまおう」の甘味や酸味とのバランスもよい。

食材がたどってきた歴史に
日本料理を守っていくヒントがある

今回の「福岡の食フェア」のために、福岡県の生産者を訪ねた林さん。ほかにも、「博多蕾菜」や「博多春菊」など、「おいしくてインスピレーションを与えてくれる食材との出会いがあった」と語ります。
そのなかでもっとも印象深かったのが、「スイゼンジノリ(川茸)」です。
「福岡県の朝倉市を流れる黄金川にしか自生しない、非常に貴重な食材だと聞いてはいましたが、現地を訪れてびっくり。実は僕はもっと人里離れた山の中とか、川のものすごく上流とか、とにかく秘境みたいなところに自生しているというイメージだったんです。ところが、黄金川はなんと人々の生活圏の中にある。それにもかかわらず、汚されることもなく長年守られているところに、生産者の努力と、地元の人たちのプライドのようなものを感じました」
さらに、江戸時代の藩主が「スイゼンジノリ」を献上品としてブランディングし、それがこの川茸を守ることになったという歴史にも発見があったそうです。
「おいしいというだけではなく、このようなかたちで残っていく食材もあるんだなぁと思うと、これからなにをどんなかたちで守っていくべきか、改めて考えさせられました。特に和食は無形文化遺産に登録されていますから、今後はそうした視点を持ちつつ、料理と向き合っていくことも大切ではないでしょうか」

200年以上も前からスイゼンジノリを守り続けている「川茸元祖 遠藤金川堂」の17代目・遠藤淳さん。天然のスイゼンジノリが自生できるように、黄金川の水質保護や管理にも日々尽力している。
200年以上も前から「スイゼンジノリ」を守り続けている「川茸元祖 遠藤金川堂」の17代目・遠藤淳さん。天然の「スイゼンジノリ」が自生できるように、黄金川の水質保護や管理にも日々尽力している。

そんなことを考えつつ、林さんが作ってくれたのが「スイゼンジノリのすり流し」。鶏の出汁に焼いた玄米餅と「スイゼンジノリ」を浮かべたシンプルな椀物ですが、「スイゼンジノリ」をあたたかなお椀に仕立てたのは、林さんにとって新たな試みです。

「スイゼンジノリ」は美しい翠色となめらかな舌触りが特長。冷製料理に使われることが多いが、今回のフェアでは、香ばしく焼き上げた玄米餅と合わせて椀物にした。
そんなことを考えつつ、林さんが作ってくれたのが「スイゼンジノリのすり流し」。鶏の出汁に焼いた玄米餅と「スイゼンジノリ」を浮かべたシンプルな椀物ですが、「スイゼンジノリ」をあたたかなお椀に仕立てたのは、林さんにとって新たな試みです。
「スイゼンジノリ」は美しい翠色となめらかな舌触りが特長。冷製料理に使われることが多いが、今回のフェアでは、香ばしく焼き上げた玄米餅と合わせて椀物にした。
「スイゼンジノリのすり流し」。スッキリとした味わいの鶏出汁が「スイゼンジノリ」の食感と調和して、シンプルながらも洗練の味わいに。
「スイゼンジノリのすり流し」。スッキリとした味わいの鶏出汁が「スイゼンジノリ」の香りや食感と調和して、シンプルながらも洗練された味わいに。

「温めることで香り、食感、色が強調されると思います」
「スイゼンジノリ」の歴史に触発されて、新しい試みにも挑戦した今回のフェア。ゲストにとって、林さんのこだわりが食材を輝かせる瞬間に立ち会える貴重な体験になるかもしれません。

林 亮平さん

1976年、香川県生まれ。立命館大学卒業後、京都「菊乃井」での17年間の研鑽を経て、東京・青山に自らの店「てのしま」を開く。ミシュラン星獲得。京都で習得した日本料理の技法、海外で磨いた知見と感性をもって郷土“せとうち”と向き合い、自らのルーツで店名の由来でもある香川県“手島(てしま)”を目指している。

てのしま

東京都港区南青山1-3-21 1-55ビル2F
TEL 03-6316-2150
17:00~20:00LO
日休

取材・文/上村久留美 撮影/木村文吾、濱田陽守