福岡の食フェア、「ナベノイズム」で開催中
福岡県の食材を洗練された
フランス料理に仕立て上げる

日本の旬を活かしつつ、フランスの食文化と高度な料理技術を駆使して「ナベノイズム」ならではのひと皿を作り続けるエグゼクティブシェフの渡辺雄一郎さん。世紀のシェフと称えられたジョエル・ロブション氏のDNAを受け継ぐトップシェフの手にかかると、福岡県のおいしさの世界がいっそうの広がりをみせます。

渡辺雄一郎さん

渡辺雄一郎さん

1988年、大阪あべの辻調理師専門学校から同校フランス校へ進学。フランスの各店で研修後、「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー」へ。その後、「タイユヴァン・ロブション」のスーシェフ、「ジョエル・ロブション」のエグゼクティブシェフなどを務め、2016年、「ナベノイズム」を開店。2017年にミシュラン一つ星を獲得し、2019年より二つ星を維持。

複数の調理法を用いて
ひとつの食材の魅力を何通りにも表現する

フランス料理のトップシェフとして「ナベノイズム」でゲストをもてなすだけでなく、次世代を担う料理人の育成にも尽力する渡辺雄一郎さん。その一方、スケジュールを調整して意欲的に日本各地の生産現場も視察してまわっています。そんなシェフの頭の中には、多種多様なデータが整理されていて、食材にふれることで、さまざまな活かし方、具体的な調理法がはじき出されるようです。
「まずは食材を味わって、風味を確認して生産者の考え方を知ります。そのうえでこれをフランス料理でどのように表現するかを考えます。その際、旬はもちろん、近くに実っている果実や野菜、咲いている花なども取り入れられないかと観察しますね」
目当ての食材だけをチェックするのではなく、まわりの環境を含めて丸ごと観察し、その上で料理の構想を練る――渡辺シェフにとっては、それこそが「自然を取り入れる」ということで、美しく洗練された料理は、すべてこうして生み出されているのです。

今回の「福岡の食フェア」の料理も、もちろん例外ではありません。

「『糸島カキ』は、カキ小屋で焼いたものも養殖場で生のままいただいたものも、とても旨味が濃くておいしかった」と渡辺シェフ。

「まず、『糸島カキ』と『博多春菊』を使ったお料理。『糸島カキ』は非常に濃厚な味わいで海水の力強さまで感じられました。生でもおいしいのですが、火を入れたほうがより旨味が凝縮されるので、今回はコンフィにしました。フランスではかきを、バターをぬったライ麦パンと合わせたり、トリュフやカリフラワーと合わせたりもするので、ひと皿にこの組み合わせも取り入れています。
日本でもカリフラワーがおいしい時期ですし、カキ小屋の近くにカリフラワー畑があるのに気づいたので」
さらに甘酢漬けのショウガや、レモン代わりのスダチのスライス、木の芽などを添えたりして、「糸島カキ」をおいしく食べるための日本的なアプローチも取り入れています。

「糸島カキ」はコンフィにし、純米酒とブルターニュ産の塩で作ったジュレ、江戸前のガリとスダチ、木の芽をあしらった。

「おいしかったので、畑でずいぶん試食しました」と言う『博多春菊』については、生とビストゥ(バジルを使ったソース)、マリネの3種類の調理法で提供しています。これも僕がよくやる手法で、ひとつの食材を複数の技法で調理して、食材の魅力を多方面から引き出す方法です」

「糸島カキ」のコンフィに黒トリュフを合わせ、その下にはスチームをかけてビレグレットをふった千住ネギが。皿の右側の付け合わせは、高温の油で表面を揚げたカリフラワーとキヌアを混ぜたもの。その上に『博多春菊』のビストゥとコンテチーズをのせた。
「糸島カキ」のコンフィに黒トリュフを合わせ、その下にはスチームをかけてヴィネグレットをふった千住ネギが。皿の右側の付け合わせは、高温の油で表面を揚げたカリフラワーとキヌアを混ぜたもの。その上に「博多春菊」のビストゥとコンテチーズをのせた。

フランス料理の伝統的技法の”いいとこ取り”で
福岡県の食材をよりおいしく

ジューシーで旨味タップリの「はかた地どり」については、「博多蕾菜」と合わせました。「博多春菊」と同様、「博多蕾菜」も、生のほかに蒸したり、揚げたりと、3つの方法で提供しています。
「生産者さんにうかがったら『天ぷらにするとおいしい』とおっしゃっていたので、『揚げる』という調理法は外せないと思いました。それ以外に、生でも蒸してもおいしかったので、やはり『博多蕾菜』も複数の調理法を駆使して、お客さまにはその魅力を存分に味わっていただこうということになったんです」

「現地で生のままいただいた『博多蕾菜』のインパクトが強かったので、フェアでは、生も添えようと思いました」と、視察の段階から構想は広がっていたようだ。

また、しっかりとした肉質で旨味のある「はかた地どり」はむね肉を使用。低温調理でしっとりと仕上げています。
「鶏を丸ごと調理して皮の間に黒トリュフを入れる『ドゥミ・ドゥイユ』というリヨンに伝わる料理法と、鶏に黒トリュフを詰め込み、豚の膀胱で密封して火を通す『鶏のヴェッシー包み』という、2つの料理の”いいとこ取り”のひと皿です。 『はかた地どり』のおいしさを引き出すには、このアレンジがいいと思ったんですね」

「はかた地どり」の胸肉は、64℃で30分ほど真空調理してしっとりと仕上げた。「博多蕾菜」の素揚げもほどよく水分を残してジューシーに。

福岡の食フェア、「ナベノイズム」で開催中
フランス料理の伝統的な調理法を駆使した「はかた地どり」は、ほどよい弾力とやわらかさ。これに「博多蕾菜」の異なる食感が寄り添って深みのあるひと皿に。全体をまとめるのはコク深いアルビュフェラソース。

また、フェアのデザートには、「あまおう」を使用。「あまおう」の特徴である鮮やかな色と大きさ、甘味を活かすために、シェフ・パティシエの宮脇侑司さんと試作を重ねたと言います。
「パイ生地をクイニー・アマン(ブルターニュ地方の伝統的なお菓子)のイメージで、『あまおう』とともに焼き上げました。しっかりと焼き上げたパイ生地と一緒に味わっていただくのは、フレッシュな『あまおう』、ヴェルヴェーヌ(レモンバーベナ)のアイス、ミント味の生クリーム、ルバーブとフランボワーズのソースなど。
そのままでも十分においしい『あまおう』ですが、そこにフランス料理のテクニックを加えることで、より繊細な風味の大人のデザートに仕上がっていると思います」

ヴェルヴェーヌやミントの風味とともに、パイ生地と一緒に焼き上げた「あまおう」とフレッシュな「あまおう」を楽しむ。右上に丸ごと盛った「あまおう」の中には、果肉と練乳、山椒などを合わせたゼリーが詰まっている。

このデザートで、特に難しかったのは、ミントの風味をほどよく醸すことだったという渡辺シェフ。
「そこは、シェフ・パティシエの宮脇くんと試食を重ねてクリアしました。デザートについては、僕が案を出して、それを彼と相談しながら形にしていくという方法をとっています。僕は時々夢で見たデザートについて、『こういうのが作れないかなぁ』なんて言うものだから、彼はその表現に苦労することも少なくないみたいですよ」(笑)

シェフ・パティシエの宮脇侑司さんは、渡辺シェフが信頼するスタッフのひとり。デザートについて幾度となく試作を繰り返すことも。

「ナベノイズム」で開催中の「福岡の食フェア」には、渡辺シェフが培ってきた高度なテクニックと溢れんばかりのアイデア、そして夢が詰まっています。

ナベノイズム
東京都台東区駒形2-1-17
TEL 03-5246-4056
12:00~15:00(13:00最終入店)
18:00~22:00(19:30最終入店)
月休、不定休あり

取材・文/上村久留美 撮影/依田佳子、濱田陽守